出来の良い兄に反発し、自分は出来損ないだと悲観していた頃の自分。でも、諦めきれなかった。兄が失踪し、蔦康煕に出会い、もっと前向きに頑張ろうと思えるようになった。そういう自分になりたいと思った。今でも思っている。
でも時々、そんな気持ちがグラグラと揺らぐ。自分はやっぱりダメな人間なのではないかと。信じていると言ってくれるコウを疑ってしまう自分はやっぱり情けない人間で、コウのような異性とは釣り合わない人間なのではないか。
自分を自虐する自分と、頑張ろうと必死に前を向く自分。
美鶴を見ていると、前を向いて頑張る事が間違っているかのようで、世間に背を向けてふて腐れて生きていった方が楽で正しい道なのではないかと思えてしまう。
それを、ツバサは認めたくなかった。
「シロちゃんだって、美鶴に会うためにいろいろ努力してるんだよ」
「努力?」
「美鶴の家を探したりさ」
なぜそれをコウに頼むのか、それは納得できないが。
「私には関係ない」
素っ気なく答える美鶴に、ツバサはため息をついた。
そんなツバサをチラリと見遣り、美鶴はカフェオレを飲み込む。もうだいぶ冷めたので、一気に喉に流し込んでも熱くはない。
みんな、努力してるんだよ。
自分が正しいと思う事を、みんな一生懸命頑張っている。だが一方で、努力など無駄だと言う存在もいる。
慎二への想いがまだあるのなら、これ以上は関わらないで。
なぜ霞流慎二があのような態度を取ったのか。なぜ自分の想いは霞流へは伝わらなかったのか。知りたくないワケではない。
「知れば、あなたはきっと、もっと苦しむ」
小窪智論の言っている意味はよくわからない。だが美鶴は、言っている智論の気持ちは、なんとなくだがわかるような気がする。
世の中には、知ってしまったばかりに苦しむハメに陥る事もある。
なぜ霞流が女性に対して嫌疑を持つのか? なぜ自分の想いはあのような無残な扱われ方をしたのか?
そんな事を知ったところで、どうなるというのだ。自分の想いが報われないという事にかわりはないというのに。
「美鶴、あんた霞流って名前、知ってるでしょっ?」
ツバサの兄の失踪に、霞流さんも関わっているのだろうか?
ギヒギヒと、皺枯れた卑屈な嗤いが脳裏の奥から響いてくる。
他人に関わるとロクな事がない。自分には関係もないのに、ツバサと小窪智論を繋げたりするからだよ。ほら、また揉め事の臭いがプンプンするよ。
美鶴は、自分の手が小さく震えているのに気がついた。ツバサに気付かれぬよう、そっと後ろに回す。
自ら揉め事に頭を突っ込むのか?
悪魔の囁き。
今までどれほど大変な目に合ってきた? 命を落としそうになった事すらあったんだぞ? それにそもそも、お前は望まれて生まれてきたワケではない。所詮は、暗闇で生きる定めなんだよ。
そうだ。どうせ自分はその程度の存在だ。物事に望みや希望など、無駄に抱くものではない。かと言って、TVドラマや小説に出てくる人間のように、薬物に手を出したり自ら命を絶つような行動も取れない。
なんて中途半端な人間。
どうせ自分など―――
目の前に広がる無限ループ。いずれまた、戻ってくる。
「美鶴もさ、少しは自分の気持ちを出してみなよ」
わからない。
「帰ろうか」
カフェオレを飲み干し、ツバサが立ち上がる。会計を済ませ、外に出た。約束通り、奢ってくれた。
外はもうトップリと暮れている。
「ごめんね、変な事言ってさ。別に美鶴を責めるつもりはなかったんだ。たださ、金本くんとか山脇くんがあんなに一生懸命頑張ってるのに全然報われないのって、ちょっとかわいそうかなって思って」
そう言い訳をするツバサの言葉も、ぼんやりとしか聞こえない。
別に、などといった相変わらずの素っ気ない態度にツバサは苦笑し、今日はありがとうと、もう一度礼を言った。そうして二人は別れた。
去っていくツバサの後ろ姿を見送りながら、ぼんやりとその影に里奈のシルエットが重なるのを見た。
自分は、どうしたいのだろう?
自問しながら、美鶴も自宅への帰路を歩き始める。
なぜだろう。ついさっきまでは、どうあっても帰りたくないと思っていた自宅が、今はそれほど嫌ではない。母と顔を合わせるのは確かに嫌だ。だが、何だろう?
別に会ってしまったらそれでもいいかといった開き直りのような感情が、今の美鶴を支配する。
頭は相変わらず混乱する。何がどうなっているのか、何一つ答えなど見つからない。だが今の美鶴には、何もしたくないといった虚脱感のような感情は薄れていた。
「美鶴もさ、少しは自分の気持ちを出してみなよ」
自分はいったい、どうしたいのだろう?
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